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福島地方裁判所 昭和44年(行ウ)6号 判決

原告 長窪家平

右訴訟代理人弁護士 安田純治

同 大学一

被告 宗像徳弥

右訴訟代理人弁護士 田島勇

主文

被告は、福島県田村郡小野町に対し、金六一六万二一二四円およびこれに対する昭和四四年一〇月一九日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告訴訟代理人は、「1、被告は、福島県田村郡小野町(以下「小野町」という。)に対し、金八三一万六〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年一〇月一一日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。2、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および第1項につき仮執行の宣言を求めた。

二  被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二当事者の主張

一  原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。

1  当事者

(一) 原告は、肩書地に居住している小野町の住民であって、地方自治法第二四二条にもとづき、後記本件売買契約につき、監査請求を行ったものである。

(二) 被告は、小野町の町長の職にあり、地方自治法にもとづき同町の事務を管理執行するものである。

2  被告の町長としての違法行為

(一) 被告の行為

被告は、小野町長として、その管理にかかる町有普通財産である別紙物件目録記載の旧飯豊中学校敷地(以下「敷地」という)、同地上の校舎(以下「校舎」という)および校長住宅(以下「校長住宅」という)(以下これらを一括して「本件物件」という。)を、昭和四三年九月九日代金三六六万円(以下「本件売価」という)で、株式会社デアボロ(以下「デアボロ」という)に売り渡し(以下「本件売買契約」という)、昭和四四年七月一一日所有権移転登記手続をした。

(二) しかしながら本件売買契約はつぎのような理由により違法である。

(1) その対価が不適正である。すなわち、

(イ) 本件物件の時価は、(Ⅰ)敷地(実測面積九八一七・六三五m2、公簿面積六一〇五・九〇m2)については三・三m2当り(以下「単価」という)金四〇〇〇円、(Ⅱ)校舎(一二八二・六四m2)については単価金二〇〇〇円、(Ⅲ)校長住宅(五二・八九m2)については単価金二万五〇〇〇円であるから、総額金一一九七万六〇〇〇円となり、少なくとも総額金九八〇万二一二四円を下まわることはない。

(ロ) 本件売価が適正でないことは、次の事実からも明らかである。

(Ⅰ) 十数年前旧飯豊中学校を建設する際、その建設費は地元の寄附金をも含めて一〇〇〇万円をこえた。この十数年来の不動産価格の上昇を考慮に入れると当時一〇〇〇万円をこえる投資が、たとえ建物の減価償却を考慮するとしても、十数年後にわずか金三六六万円に減少するとはとうてい考えられない。しかも建物の未償還額金三六万円が本件売渡処分当時存在していた。

(Ⅱ) 敷地を提供した地元民らは、本件売渡処分のうわさを聞き、本件売価の倍以上払ってもよいから旧権利者に下げ戻してもらいたいと強く要望していた。

(Ⅲ) 同大字字八幡九二の二宅地五五坪七合六勺につき昭和四一年八月一日代金八〇万円で、同字一〇〇番地田二畝歩につき昭和三八年一一月一八日代金三六万円で、それぞれ売買がなされているなど、近傍類地の前例があった。

(2) 仮りに対価が適正であるとしても、左記小野町条例により、町議会の議決を要する場合に該当する。

(イ) 小野町の議会の議決に付すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例(昭和三九年三月一二日条例第三号)(以下「条例第三号」という)第三条には「地方自治法第九六条第一項第七号の規定により議会の議決に付さなければならない財産の取得または処分は、予定価格七、〇〇〇千円以上の不動産または動産の買入れまたは売払い(土地については、一件五千平方米以上のものに限る。)とする。」と規定されている。

(ロ) 本件物件の時価および面積は前記のとおりであるから、その処分については、町議会の議決を必要とするものである。条例第三号第三条にいう「予定価格」とは、対象物件の客観的な価格を意味し、町長が主観的に予定した価格を意味するものではないからである。

(ハ) しかるに、被告は、議会の議決を経ず、本件売買契約をなしたものである。

(3) 仮りに条例第三号第三条に該当せず、被告の町長としての専決処分が許されるとしても、被告の本件売買契約は専決権の濫用である。

(イ) 被告は、本件売価を定めるにつき、近傍類地の売買の前例を調査する等、客観的評価基準によるべきであるのにこれによることなく、本件物件を客観的価格のわずか三分の一の低額で売却した。被告が相続税財産評価基準を参照したとしても、それは、本件訴訟後になされたものであり、仮りにそうでないとしても右評価基準が時価よりもはなはだしく低廉であることは公知の事実であるから、客観的評価基準によったものとはいえない。

(ロ) また、仮りに本件売買契約がいわゆる過疎対策上工場誘致のためなされたものであるとしても、デアボロは小野町工場誘致条例の指定はなされていないうえ同社が本件不動産を買い受けたのに工場を作らず、かつ昭和四四年二月四日その本店所在地管轄税務署に休業届を出したのにもかかわらず、被告は、同年七月一一日、本件土地の所有権移転登記手続をした。小野町町民がこれを問題にしたことにより、デアボロはようやく昭和四五年春操業を始めたが、従業員二〇〇名を地元から雇傭する当初の見込みが現実にはわずか数十名雇傭したにすぎず、右工場誘致の地元にもたらした利益を考慮に入れても、本件売価は適正なものとはいえない。これは、被告が本件売買契約を決定する際買主であるデアボロ側の主張を漫然と信用し、本件と同様の事例として引用した同社の栃木工場を調査せず、また、被告らが同社の東京の工場の見学を目的として上京しながら、料亭で持成しを受けただけで、工場も見ず、結局同社を充分に事前調査しなかった結果である。

(ハ) したがって、被告の本件売買契約の相手方および本件売価の決定は、町有財産の管理者としての注意義務を尽してなされたものとはいえず、被告の恣意により契約を締結したものというべきであって、その専決権の濫用である。

3  被告が小野町に与えた損害

被告は、右違法な本件売買契約により、本件物件の時価金一一九七万六〇〇〇円と本件売価金三六六万円との差額である金八三一万六〇〇〇円の損害を小野町に与えたものである。

4  よって、原告は、被告に対し、被告の小野町に対する右損害賠償金八三一万六〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四四年一〇月一一日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告訴訟代理人は、答弁として次のとおり述べた。

1  請求原因第1項の事実を認める。

2(一)  同第2項(一)の事実を認める。

(二)(1)  同項(二)(1)の事実を否認する。

小野町は、阿武隈高原地帯の中部に位置するが、昭和三〇年被告が同町長存在中、旧小野新町、旧飯豊村、旧夏井村の一町二か村を合併し、人口一万七一九八名の町として発足したものである。同町には、工場としては古くあるから日本重化学小野工場しかないため、地元の青少年あるいは労働者は稼働先を求めて出稼ぎに出て、人口が流出し、同町が過疎地帯に転落するおそれがあり、これを憂えた被告は、同町に工場を誘致して人口の流出を防止しようと企図し、たまたま旧飯豊村、旧夏井村の両中学校が統合により廃止され、それらの校舎および敷地が教育財産から普通財産に移行していたので、それぞれ地元出身町議会議員を中心として工場誘致を協議し、旧飯豊村関係では同町工場誘致条例の指定はせず、それに準じてメリヤス工場であるデアボロの工場を誘致することとした。

(2) 本件売価の決定の経緯は次のとおりである。

被告は、当初敷地については単価金一五〇〇円を主張したが、デアボロ側において金一〇〇〇円以下を主張し、建物は不要のものであるから収去してもらいたい旨の申入れがあったため、適正価格の算定基準につき調査したところ、本件物件の所在地は阿武隈高原の山間僻地の小部落であるため、宅地売買等の前例もなく、昭和四三年度の町の固定資産税の評価額では、畑反当り一万五九一七円、宅地坪当り六五二円、田反当り五万三六三二円、山林反当り九三六二円であり、また同年度の所轄税務署の相続税財産評価基準によれば、畑反当り二万三八七五円、宅地坪当り九七八円、田反当り五万八九九五円、山林反当り九三六二円となっているし、建物についてはこれを収去するとすればその費用として約六〇万円を要するとの業者の見積りもあったため、建物付きのまま売却した方が町自体としては利益になるので、敷地については単価金一〇〇〇円を基準とし、本件物件を総額金三六六万円としたのである。ところが、敷地は、実測の結果二九六九坪(九八一七・六三五m2)であったので、敷地の単価は金一一一一円強となった。

なおその後の調査によれば、日本専売公社小野出張所においては、建坪一八九六・〇三m2の倉庫、集納所、事務所等を代金三〇万円で売却処分した事実があり、これと対比すれば本件建物の価格はむしろ高すぎるくらいであり、敷地の価格についても、取引の実例のない地方のことであるから単価金一一一一円は税務署の前記基準より若干上まわった価格である(なお土地台帳による敷地の面積は一八四七坪(六一〇五・九m2)であるから、これを基準とすればその単価は一七八六円強となる。)。これに、デアボロにおいてはそれ以上の価格では買う意思がなかったこと、敷地が昭和二八年四月から同年七月にかけて買収された時、その価格が単価金四四四円ないし金四五〇円であったこと、および、デアボロが操業を開始すれば地元から二〇〇名の従業員が雇傭されることになっており、人口の流出を防止できるばかりでなく、従業員の給与所得による住民税、同社の納付する固定資産税等により、小野町に継続的利得のあることを考慮に入れると、本件売買契約が適正な対価なくして行なわれたということはできない。

(イ) 同第2項(二)(2)(イ)の事実を認める。

(ロ) 同項(二)(2)(ロ)を争う。

条例第三号第三条は、一件五〇〇〇m2を越える土地の取得処分について、その予定価格が七〇〇万円未満の場合は議会の議決を必要としないものと解すべきであって、被告の本件売買契約につき議会の議決は必要ではなく、被告の専決処分が許される。

(ハ) 同項(二)(2)(ハ)を認める。

(3) 同項(3)中、被告が本件売価を決定するに際し、相続税財産評価基準を参照したこと、デアボロが一時所轄税務署に休業届を出したが、昭和四五年春から操業を始め、地元から数十名の従業員を雇傭したこと、被告が原告主張の日に本件土地の所有権移転登記手続をしたことを認め、その余の事実を否認する。

デアボロが一時所轄税務署に休業届を出し、その後操業を始めるに至った経緯は次のとおりである。

当初、被告は、デアボロの工場を誘致することにしたが、繊維産業は、世界的経済事情に多分に左右されるので、将来をおもんばかりデアボロの親会社であり業界の最右翼であるヴァンジャケット株式会社(以下「ヴァンジャケット」という。)自らの経営を要請したところ、同社はこれを承諾し、労働賃金の安い香港、マカオの直営工場の粗製品を本件敷地に新設する予定の小野町工場に持ち込み、これを仕上げて製品化し、国内はもちろん国外にまでも販路を求める計画をたて、貿易業者である丸紅飯田社の協力を求めることに成功した。右のような事情で、ヴァンジャケットがデアボロを運営するため、同社の商号を変更し、かつその陣容を建て直す必要があったので、その準備のためデアボロは一時所轄税務署に休業届を出した。昭和四四年一一月二五日デアボロは商号を株式会社ヴァンウールニッターズ(以下「ヴァンウールニッターズ」という)と変更し(変更登記は昭和四五年一月二四日に完了している。)、ヴァンジャケットの重役あるいは幹部がヴァンウールニッターズの重役に就任し、もとデアボロの代表者であった石井一郎とヴァンジャケットの代表者がヴァンウールニッターズの代表者となった。

ヴァンウールニッターズでは昭和四四年一二月二五日本件敷地に工場の新築工事を始め、昭和四五年四月一日地元から社員数十名を採用し、同月下旬から操業を開始している。

3  同第3項の事実を否認する。

三  被告訴訟代理人は、抗弁として次のとおり述べた。

仮りに本件売買契約につき議会の議決を必要とするとしても、被告は、町長として、昭和四三年八月一九日小野町昭和四三年第三回臨時議会において、報告第一号事件(工場誘致経過について)として、デアボロの工場誘致の経過および本件売価等につき、議会に報告してその了解を得、続いて同年九月の定例議会において議案第五号として一般会計歳入歳出補正予算に本件売買契約による収入を計上し、議案として提案したところ、議会は満場一致で予算案を議決したから、本件売買契約につき、予め議会の議決を経なかったことのかしは治ゆされた。

四  原告訴訟代理人は、抗弁に対する答弁として次のとおり述べた。

抗弁事実を認める。しかしながら、右事実により、本件売買契約のかしが治ゆされたとの主張を争う。被告主張の臨時議会は、そもそも助役選任の案件を審議することを主眼として招集されたものであり、本件売買契約については、単なる経過報告がなされたにすぎず、しかもその質疑応答中にも本件売価が安すぎるのではないかとの質問も出ているのであり、議会として本件売買契約につき了解を与えた訳ではないのみならず、定例議会についても、予算案全体についての議決があったからといって、その予算の個々の収入とその収入の原因となった具体的法律行為につき、議会が賛成議決をしたことにはならない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因第1項、同第2項(一)の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件売買契約締結の違法性の有無について

1  地方自治法第二四二条の二第一項第四号にもとづく住民の地方公共団体の職員に対する損害賠償請求は、当該地方公共団体が職員の違法な行為によって損害を被ったときにその住民が当該地方公共団体に代位してその職員に対する損害賠償請求権を行使することを認めたものである。地方公共団体の職員が地方公共団体に対して財産上の損害を生ぜしめた場合に、当該職員が負う賠償責任については同法第二四三条の二に規定があるほか、同法には一般的な規定はないから、右規定以外の場合は、地方公共団体とその職員との関係が公法関係であることに留意しながら、一般法である民法の原則に準じて考えるべきである。そして、地方公共団体とその長との関係は、長の地位職務内容にてらし、本質的には委任関係であり、本件売買契約の締結はその委任義務の履行としてとらえられるべきである。したがって、本件の場合に被告が小野町に対して損害賠償責任を負うための要件である被告の本件売買契約の違法性の有無については右の観点からの評価がなされるべきである。

2  地方自治法第九六条第一項第六号、第二三七条第二項の規定によれば、普通地方公共団体の財産を適正な対価なくして譲渡し、または貸し付けることが原則として禁止され、例外的に条例または議会の議決があるときは許されることになっているが、これは、地方自治体の財産上の損失および特定の者の利益のため、地方自治体の財政の運営が歪められることを防止するためである。したがって、右地方自治法に定める「適正な対価なくして」とは、原則として、無償の場合のみならず、時価に比し著しく低廉な対価をもってなされる場合をも意味すると解すべきである。

(一)  まず、本件物件の時価について考えてみる。

当事者間に争いのない事実、証人杉浦忠昭の証言、鑑定人杉浦忠昭の鑑定の結果を総合すると、本件売買契約当時の本件物件の時価は、次のとおりであると認められる。

敷地 実測面積九八一七・六三五m2

時価 金七〇六万八六九七円(一m2当り七二〇円)

校長住宅 床面積 五二・八九m2

時価 金三五万四八九一円(一m2当り六七一〇円)

校舎 床面積 一二八二・六四m2

時価 金二三九万八五三六円(一m2当り一八七〇円)

合計九八二万二一二四円

(二)(1)  ≪証拠省略≫によれば、本件物件所在地である飯豊地区における昭和四三、四四年度の農地の売買実例では、売価は一m2当り一五〇円から三〇〇円である事実が認められるが、本件敷地と比較するためには、右売価に対し、鑑定の結果の採用している事情補正、地域要因、個別的要因の比較検討等の修正を加えなければならず、右修正がなされていない以上このままでは右時価の認定をくつがえすに十分ではない。

(2) また、被告は、昭和四三年度の小野町の固定資産税評価額および所轄税務署の相続税財産評価基準と比較すれば本件売価は妥当である旨主張し、これにそう≪証拠省略≫があるが、右の評価額および評価基準は時価よりも低額であることは公知の事実であるから右認定の反証とはなし難い。

(3) さらに被告は、日本専売公社が小野町における建坪一八九六・〇三m2の倉庫、集納所、事務所等を代金三〇万円で売却処分した事実があり、これと対比すれば本件建物の価格はむしろ高すぎるくらいであると主張し、≪証拠省略≫によれば、右売却の事実を認めることができるが、≪証拠省略≫によれば、日本専売公社は事業の合理化のため小野町に新らたな収納所を建設する必要があり、それも一〇月から一一月の第一回収納に間に合せるため、右倉庫等を取りこわし、敷地の整理をしなければならず、右売却はそれ自体により収益をあげることが目的ではなかったことが認められ、したがって右売却例をもって本件建物の時価を類推することは適当でない。

(4) また被告は、本件敷地が昭和二八年四月から八月にかけて地主らから買収された時、その価格は単価四四四円ないし四五〇円であったと主張し、それにそう≪証拠省略≫および証人吉田益良の証言があるが、なお同証言によれば、同人は、旧飯豊中学校を作るために時価よりも安く売ることを村から説得されて売却したこと、鑑定の結果によれば、その後敷地には宅地造成費として一m2当り五〇〇円相当の費用がかけられていることがそれぞれ認められ、これにそれ以後の一般的な地価上昇を考慮に入れると、右事実をもってしても前記時価の認定を左右することはできない。

(5) ≪証拠判断省略≫

(三)  右事実によれば、本件物件の時価は、本件売価の約三倍であり、これのみを比較すれば本件売買契約における対価が時価より著しく低いことは明らかであり、適正な対価とは認め難い。

(四)  しかしながら、被告は、本件売買契約の目的は過疎対策にあり、デアボロが操業を開始すれば地元より二〇〇名の従業員が雇傭されることになっており、人口流出を防止できるばかりでなく、従業員の給与所得による住民税、同社の納付する固定資産税等により、小野町に継続的利得のあることを考慮に入れると、本件売価は適正であると主張するので、検討する。

前記地方自治法に定める「適正な対価」かどうかを判断する際に、その財産の譲渡の対価のみならず、譲渡したことにより将来見込まれる利益をも考慮することが許されるとすれば、それは、右地方自治法の規定の趣旨に照らして対価と時価との差があまりない場合か、対価が時価よりも著しく低いときは、譲渡による将来の利益がそれに見合うだけの大きなものであり、かつそれが確実に確保できる場合でなければならない。

後に認定するように、デアボロは当初昭和四四年一月から操業を開始する予定であり、同年春卒業予定の中学、高校生一五名ぐらいに採用通知を出しておきながら、昭和四四年二月四日に所轄税務署に休業届を提出し、同年一一月二五日になって商号をヴァンウールニッターズと変更したうえ、同年暮になってようやく工場建設に着手したばかりでなく、その従業員の採用も当初の言明と異なり、昭和四五年五月から地元より三五名の従業員を雇傭して操業を開始し、昭和四六年九月においても、従業員数は五五名ぐらいになったにすぎない。

右のとおり、デアボロの現実の操業開始の時期および地元より雇傭された従業員の数は、被告の右主張および当初の計画と食い違い、とうてい前記売価と時価との差額を補てんするほどの利益を小野町にもたらしているとも認め難いのであるから、右の点を考慮してもなお対価の適正性を回復することはできないといわざるをえない。

3  したがって、本件売買契約が適法であるためには、右地方自治法の規定により、それが条例で認められた場合かまたは議会の議決がある場合でなければならないことになる。

条例第三号第三条によれば、予定価格七〇〇万円以上の不動産の売却(土地については一件五〇〇〇m2以上のものに限る)については議会の議決を経なければならない旨規定されている(この点は当事者間に争いがない。)が、右の予定価格とは、売買価格をさすものと解するのが相当である。けだし、議会の議決を要する場合には、地方自治体の代表者と相手方との間において交渉が行なわれ、一応の合意が成立した段階で、議決を経たのち売買契約が締結されるのが正常な過程であろうから、その以前においては、売買価格はいまだ予定価格にすぎないのであって、条例の規定の文理に適するのみならず、代表者たる長と住民を含む地方自治体とは、信頼関係によって結ばれているものであり、このような場合には客観的価格に即応した適切な処分を行なうことを当然期待されうるものであるのみならず、客観的価格とは必ずしも一義的に明確ではなく、相当の注意を払って定められた条例の制限価格以下の売買価格がのちに制限価格をこえる客観的価格に及ばないことが判明した場合にも、議決を経ないことによって無効とされることになれば、処分の相手方を著しく不安定な地位におくことになり、取引の安定性を害することになるからである。したがって、本件売買契約については、その売買価格が条例第三号の制限以内であることは前示のとおりであるから条例第三号により、議会の議決を経ることを要しないものというべきである。

4  進んで被告の本件処分がその専決権の濫用にあたるかどうかについて検討する。

本件について、右の点を判断するために、本件売買契約に至るまでの経緯およびその後の状況について検討を加える。

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

(1) デアボロは、メリヤス産業の大手メーカーであるヴァンジャケット株式会社(以下「ヴァンジャケット」という)(資本金八二五〇万円)傘下の東京都墨田区所在の丸井産業外二社が協力して昭和四二年一二月二一日に設立した会社であり、代表取締役には丸井産業の代表取締役である石井一郎が就任した。デアボロは企業としての設備や従業員について充分に形を整えるまでには至っていなかったが、昭和四三年四月ごろ、東京では人手不足のため地方進出の意図を持ち、小野町においてメリヤス業を営み、丸井産業の下請もしている菅波照雄の仲介で、本件敷地を工場用地として購入すべく、小野町と交渉を始めた。そして小野町との交渉を有利に運ぶため、ヴァンジャケットがデアボロの後だてとなり、当時のヴァンジャケットの製作部長である岡野興夫も自ら小野町に赴き、交渉および説得に当ることになった。

(2) 小野町は、昭和三〇年旧小野新町、旧飯豊村、旧夏井村の一町二か村を合併し、人口一万七一九八名の町として発足したものであるが、出稼ぎが多く過疎地帯に転落するおそれがあり、かつ本件物件は、旧飯豊村中学校が統合により廃止され、教育財産から普通財産に移行された後は、使用されずに放置され、荒れるにまかされていたので、被告としても、小野町長として本件物件を利用し、同町に工場を誘致し、人口流出を防止しようと考えていた矢先でもあったので、デアボロの申出に応じて交渉を進めることにした。

(3) 被告は、本件物件の評価額は七〇〇万円以下でありその処分については、条例第三号により町長の専決処分が許されると漠然と考えていたが、昭和四三年五月ごろ、右岡野が交渉のため同町を訪れた際、町議会議長、副議長、議会各部委員長、および旧飯豊中学校は町村合併前に建てたものなので、議員全員の意見を聞くよりは飯豊地区出身議員の意見を聞いた方が適当と考え、飯豊地区出身議員六名を町役場に集め、同日岡野からデアボロが小野町に工場を建てる意図、昭和四四年春より地元から三、四〇名の従業員を採用し逐次増員していくという事業計画、その際の小野町に対する貢献度などについて説明を受けた後本件物件の売価の交渉に入った。

被告としては、当初敷地については約三三〇〇坪あり、単価一五〇〇円を主張したが、岡野は昭和四二年ヴァンウールニッターズが他の業者と組んで、栃木県茂木町の小学校跡に、綿メリヤスの生産工場を作った際、単価一〇〇〇円で払下げを受けているから、茂木町の敷地より地理的条件の悪い本件敷地の単価は、一〇〇〇円以下でなければならず、それ以上では買わないと主張し、また校舎、校長住宅は不要と主張して毫も譲らない態度を示したため、被告らは別室に退いて協議したが、被告は本件物件の売買による譲渡差益を得ることよりも、今後の地域発展および過疎対策を考え、工場を誘致したいという熱意の方が強かったので、デアボロの申出価格をのむのもやむをえないと考え、前記各部委員長らと相談し、かつ議員らの了解を得たうえ、本件敷地の単価を一〇〇〇円とし、校舎、校長住宅については当時建物だけの買手もなく、また取りこわすだけでも相当の費用がかかると思われたので、建物の未償還分三六万円を合せ、本件物件を総額三六六万円で売却することとし、即座にデアボロもこれに応じ即日デアボロとの協議が成立した。後に敷地の実測面積が三三〇〇坪より少いことが分かったが、売価は訂正されなかった。

(4) 被告は、同年七月二〇日に議長および仲介者の菅波照雄と共に上京し、デアボロ側と同社の状況および小野町における労働力の協力等について話し合った。

(5) 小野町にはその当時工場誘致条例(現在では廃止になっている)があったが、被告としては、デアボロにこの条例を適用すると、条例の定める種々の奨励措置をとらなければならないと思い込み、なるべく町の負担を少くしたいという気持からこれを適用しなかった。

(6) 被告は、このころ、小野町役場において行われた行政区長の集まりで、本件物件をデアボロに売り渡す予定であることを報告した。その後、地元の議員である先崎康重宅に元地主ら地元民が参集し、本件売価が安いことが問題になり、地元で買い戻したいという要望も出たが、これは被告には伝達されなかった。

(7) 被告は、同年八月一九日に開催された第三回臨時議会において、報告第一号事件として本件物件をデアボロに売り渡す予定であること、その交渉および本件売価決定に至るまでの経過について報告し、これに関する議員の質問に対して答弁したが、この際には本件物件を地元で買い戻したいという要望は出なかった。

(8) 同年九月九日、正式に小野町とデアボロとの間に本件売買契約が締結された。

(9) 同年九月二一日、小野町第三回定例会において議案第五号として、昭和四三年度小野町一般会計歳入、歳出補正予算(第一号)中に、不動産売払収入として本件売買契約による収入が計上され、契約に至るまでの経過および収入の使途について審議の結果(この時にも本件物件を地元で買い戻すべきであるという意見は出なかった)満場一致で可決された。

(10) デアボロは、当初昭和四四年一月から操業を開始する予定であり、同年春卒業予定の中学、高校生一五名ぐらいに採用通知を出したが、同年二月四日デアボロは所轄税務署に休業届を提出した。そのため、地元では、同年三月六日旧地主およびデアボロへの採用内定者の親達が先崎康重宅に集まって、予定通り工場ができないことを問題とし、工場ができないのであれば本件物件を地元で五〇〇万円ぐらいで買い戻したい旨の要望が出されたが、被告にまでは伝達されなかった。

そして、議員の蓬田光雄は、同年八月二〇日上京し、丸井産業を訪れ工場が建たないためにデアボロへ就職が内定した中学、高校生が他に転職しなければならない事情を説明し、工場建設の遅れている訳をただし、また、被告、助役、議長、議員ら二〇人ぐらいも上京し、ヴァンジャケットの岡野らと会って工場建設促進を要請したが、これに対してデアボロ側では、産業構造の変革、海外との生産調整の問題で金融機関との関係および原料調達関係を強化するため、ヴァンジャケットがデアボロに対し自らの利益を擁護する意味もあって経営介入する必要が生じ、また、デアボロに対する貿易商社丸紅飯田の協力も取りつけなければならず、そのため、デアボロの重役陣を変え商号変更をする作業が進められているのであり、ヴァンジャケットおよび丸紅飯田との折衝が解決しなければ工場の建設はできないが、遅くとも同年一二月までは工場を建設する予定であると説明していた。

(11) 原告は、本件売価が低廉であるうえ、デアボロが前記のように所轄税務署に休業届を出して工場の建設をしないこと、地元から同社に採用された者もいるが、工場ができないために困っていることなどから小野町監査委員に対し、本件売買契約につき監査請求をしたが、理由なしとされたため同年一〇月九日本訴請求に及んだ。

(12) デアボロは、ヴァンジャケットの経営参加、丸紅飯田の協力についての話合いがようやくまとまり、同年一一月二五日資本金を五〇〇万円から二〇〇〇万円とし、代表取締役社長にヴァンジャケットの社長石津謙介を迎え、商号をヴァンウールニッターズと変更して新たに発足した。そして、同年末に工場建設に着工し、昭和四五年五月から地元より三五名の従業員を雇傭して操業を開始し、昭和四六年九月には従業員数は五五名ぐらいになっている。なおヴァンウールニッターズは、現在商号をヴァンクロージングと変更しているが、従来と実質は変りはない。

(二)  以上によれば、被告がその専決権を行使するにあたっては、事前に議長、副議長、議会各部委員長および地元出身議員の意見を聞き、了解を得てなされたとはいえ、前示二2でも認定したように、被告としてしようと思えば容易にすることのできた本件物件の時価、茂木町における工場用地払下の状況等の調査を行なわず、デアボロやヴァンジャケット側の主張を安易に信用しすぎたため、実質的にはわずか一日で交渉を終え、著しく低廉な価格で譲渡したばかりでなく、デアボロの企業としての弱体さから工場誘致の所期の目的をも必ずしも十分に達成されていないといわざるをえない。デアボロないしヴァンクロージングがメリヤス産業の大手メーカーであるヴァンジャケットにおいて経営面の後だてとなっており密接な関係があるといっても、別会社なのであるから営利企業の利潤追求の本質からいって、その安定性は直営工場とは比すべくもない。被告の過疎対策のため工場誘致の熱意の強さは十分窺われるし、被告が本件処分にあたって疑惑を抱かれるようなかどは見受けられないが、前示のとおり町長が地方自治体たる町と委任関係にあることにかんがみると、被告が本件処分をするにあたって著しく注意義務を欠き、不当に低廉な価格によって本件物件を処分したものであって、専決権としての裁量の範囲を甚しく逸脱したものといわざるをえない。

5  ところで、被告は本件売買契約については事後議会の議決を経た旨主張するので考えてみる(もっとも、被告のこの主張は、本件処分につき議会の議決を要するとされる場合についてのものであるが、かりに専決処分に属し、本来議決が必要でない場合であっても、その対価の不適正または専決権の濫用等のかしが、議会の議決を経ることにより治ゆされることがあると解するのが相当であるから、この意味における抗弁として判断の要があるものと考える。そして前記地方自治法の規定に定める議会の議決は、その趣旨からして原則として、財産譲渡の前になされなければならないが、議会の議決なくして議渡された場合でも、後に議会の議決によりその譲渡が追認された場合には、事前に議会の議決を経なかったことのかしは治ゆされると解すべきである。)。

本件売買契約に関して町議会の会議がもたれたのは、前示二4(7)および(9)のとおりであるが、第三回臨時会は被告の報告にすぎないのであり、第三回定例会は予算案における一収入として表示されているにすぎず、これについての議員の質疑は、≪証拠省略≫に認められるように、本件売買契約の締結は町長の専決処分で足りることを前提としてなされているにすぎない。議会の議決を経たとするには、必ずしも独立の議案として提出されることまで必要はないとしても、少くとも議会側において、議決すべき対象が明確に意識され、それに対する賛否の意思表示をするものであることを認識してなされなければならないと解するのが相当である。そうだとすれば、右報告に対する承認あるいは予算案に対する議決をもって、本件処分に対する議決とすることはとうていできないといわなければならない。よって被告の右抗弁は採用することができない。

三  本件売買契約により被った小野町の損害について

本件物件の時価は金九八二万二一二四円であり、本件売価金三六六万円であることは前示のとおりであるから、他に特段の事情のないかぎり、その差額である金六一六万二一二四円をもって小野町の被った損害というべきである。

四  以上の次第により、被告は、小野町に対し、右損害賠償金六一六万二一二四円およびこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四四年一〇月一九日から支払いずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務あるものというべく、原告の本訴請求は右の限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条ただし書を適用し、主文のとおり判決する。

なお本件については仮執行宣言を付するのは適当でないと認め、これを付さない。

(裁判長裁判官 丹野達 裁判官 石井彦寿 裁判官三井善見は病気のため署名押印できない。裁判長裁判官 丹野達)

〈以下省略〉

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